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私と富士山

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私と富士山

富士山クラブ通信に連載されている「私と富士山」をご紹介します。

富士山は「初恋のひと」

毎日新聞静岡支局長・照山哲史

昨年10月から静岡支局で働いている。静岡は入社した1986年から4年半を過ごした場所だ。あいさつ回りで、2度目の勤務であることや趣味はハイキングと話すと、「富士山に登りましたか」と聞かれることが多い。

新人時代は、仕事で車を運転し何合目かまで行っただけ。登る機会はなかったが、東名高速を静岡から東京方面に走り、蒲原のトンネルを抜けた時に見える富士山が好きだった。視界が開けた瞬間に飛び込んでくる、美しさと威容さには何度も息をのんだ。

静岡にいる間に登ろうと思うが、登ったことがある人たちの評判は決して良くない。「単調な上りだけ。山としての面白みに欠ける」「登る人たちで渋滞が起きる」などが代表的な声だ。

世界に誇る富士山。もしかしたら、「初恋のひと」のように見ている方が良かったとならないか。「必ず登る」と言えないのは、50歳近くになった今もそんな淡い経験を思い出させる山であることに理由がある。

(富士山クラブ通信29号より転載)

富士山検定に挑戦

岡野一彌

平成17年春、願ってもないプロジェクトが富士山クラブで企画された。田子の浦から富士山頂までを3回に分けて完登しようというものだった。しかも平安末期に開かれた村山古道を辿って...。ためらうことなく参加を決めた。

富士の内懐をじっくり歩いた5日間、私は大好きなはずの富士山のことを実は何も知らないことに気づいた。この山を遠めに眺めて、そう、神田紫さん風にいえば〝沈魚落雁閉月羞花〟と讃美していただけで、恥ずかしいと感じるとともに、この山のことをもっと知りたいと思うようになった。「富士山検定」のことを知ったのはそんな頃だ。

富士、富士吉田両市による、いわゆるご当地検定で3級から1級まである。早速勉強を始め、平成19年に3級と2級を取る。そして翌20年に1級に挑戦した。机上の勉強だけでは頭に入らない。クリーン活動の時などを利用して現地・現物を確認するようにし、自宅を離れて一週間ほど単独合宿もした。

結果、運よくパスできた。しかし何の役に立つわけでもないが、合格通知と共に、地元信用金庫の定期預金のパンフレットが同封されてきた。利息を0.223%上乗せするというものだった。

(富士山クラブ通信30号より転載)

最終更新日  2010年6月24日