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富士な人

西川治さん

西川治さん

西川治さん

仰いで以て天文を観、俯して以て地理を察す

西川治さん

学者から一般市民まで、誰もが会員になって、富士山をさまざまな視点から研究、発表できる、「富士学会」がある。設立以来、約6年間会長を務め、この六月に、その大任を終えた。富士山クラブとの関わりも、設立準備のときに知ったのがきっかけだ。

東京大学名誉教授、専門は地理。東大が「東京帝国大学」と呼ばれた、最後の卒業生。肩書だけ聞くと、恐縮してしまいそうだが、元気いっぱい、好奇心の塊のような人だ。富士学会では、久しく披露されることのなかった能舞台「富士山」の公演を、国立能楽堂で成功させた。富士山麓に縄文時代の遺跡があるといえば、調べに出かけ、江戸時代に外国人がどのように日本や富士山を記述したかと、その原書を求めて図書館に籠る。
現在、84歳とは思えないほどの行動力。富士山クラブの活動では、同い年の奥様とともに、20代の若者に交じって、姉妹山交流でアメリカやニュージーランドを訪ね、81歳のときには富士登山に初挑戦した。
富士登山の最高齢登頂記録は、数え年で、男性は百三歳、女性は九十四歳。それには及ばないものの、全国に千二百人いる会員のなかで、最高齢で山頂に立った。海抜0メートルの田子の浦海岸から、自らの足で、3,776mを4回に分けて登った。最後はへとへと、一緒に登った会員が「荷物を持ちましょうか」と申し出ても、重い一眼レフのカメラだけは、どんなものでも記録に残そうと、首から下げたまま。休憩しながらシャッターを何度も切った。

ニュージーランド・トンガリロ国立公園姉妹山交流で、ニュージーランド・トンガリロ国立公園を2004年2月、ご夫婦で訪問(右端の二人)

学生時代、最初は化学専攻希望だったという。やがて、学徒動員で化合物をつくれとの命令。何時間も物質をかき交ぜているうちに、いろいろ考えた。ミッション系学校に通った中学時代、アメリカ人宣教師からも学んだ。まさか米英と戦争とは。遅かれ早かれ、学徒出陣で、いつ死ぬかわからない。なぜこんな戦争が起こったのか。考える時間はたっぷりあった。
それは民族同士がお互いのことを知らない、世界のことを知らないからではないか。哲学的、観念的な世界観ではなく、地球全体の成り立ちを知り、実際にどんな民族がどのように暮らしているかを知ることが重要ではないか。その世界観は普遍的なものでなければならない。専攻を「化学」から「地理」へと変更した。
「地理」という言葉は、「四書五経」の、天地自然の法則を説いた「易経」の中にある。「仰いで以て天文を観、俯して以て地理を察す」君主の帝王学だ。
天文、つまり、気象を予測し、国への災害を避ける。または備える。「理」は理論と考えがちだが、木のもくめを「木理」というように、模様の意味だ。地理とは、地球の模様、大地の景色といえる。自然景観を素地にして、人間の営みに人為的な模様がついていく。その国土を観察し、変事に備える。地理は、人文、自然、社会、科学をすべて含む学問ともいえる。地理的視点での富士山研究は今も続く。
やってみたいことがある。「富士山いろはかるた」をつくることだ。「犬も歩けば、ゲバ棒に当たる」「花より団交」と「学生運動かるた」をつくったこともある。富士山クラブらしい、楽しいものを皆でつくろうと呼びかける。

(富士山クラブ通信31号より転載)

最終更新日  2010年4月28日