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中津川 わが社が何をやっているか、からお話しいたしますと、わが社はNTTドコモ100%子会社です。 もともとはソフトウェアを開発するために設立された会社で、皆様がお使いいただいているドコモの携帯電話の加入申し込みや、 料金請求などのシステムの開発を(親会社と)一緒になって開発するのが、今のところ大きな柱ですね。しかしそれだけではありません。 ドコモ以外のお客様のお仕事もさせていただいております。この中には、一般の人々も「そうか、そうか」とお思いになられる商品も多いのでは。 ━━ 具体的にはどんなものがありますか。
中津川 まず水道のマッピングシステムがあります。水道は浄水場などから各家庭などへ主に地下を通じ配水されています。
マッピングシステムは、それぞれの管が地下何メートルぐらいにあって、どこで本管から別れて、どこを曲がって、
どの家庭につながれているかをデジタル化した地図で表します。
さらにここは塩ビの管が埋まり、あちらは鉄製で、それぞれの耐用年数は後何年かなどなど、いろいろ情報を付加したシステムの構築が、
わが社の大きな柱となっています。
地下のお話しで、なかなか皆様のお目に触れることが無いので、なかなかお分かりいただけないのが残念ですが、
実は阪神大震災の時の水道の復興にも大いに役立ったのですよ。
震災で現地の自治体のサーバーが壊れてしまいました。そうなると復旧しようにも、どこにどんな管が埋まっているかも分からない。
そこでわが社の社員が、バックアップシステムを持って駆けつけ、データを提供することで非常に早く復旧することが出来ました。
「キッズ イン フィール」というのもあるんですよ。塾に行くお子さんは多いと思いますが、お母さんにしてみれば、本当に塾に行っているのか、 はたまた変なことに巻き込まれていないか心配ですよね。そのために塾の入口に専用の非接触式リーダ機を置き、お子さんがICタグカードをかざすと、 お母さんの携帯電話に「お子さんの○○君は○時○分に到着しました」というメールが届きます。帰るときも「終わりました」というメールが同じように発信されます。 その他、商店街やデパートなどの入口に端末を設置し、そこにお客様が携帯電話をかざすと、その商店街のクーポン券などが発行できる「RaCupo(ラクーポ)」。 さらには大学の授業の出欠を取るシステムからはじまった「WB-1」。 これは最初は非接触式のカードリーダだけだったシステムにパソコン機能を付加したことで、本人認証や社員の入退室記録など幅広い利用が可能になりました。 これから皆様の周りで活躍するのではないかと楽しみにしております。 極寒の青木が原での、震えながら実験がもたらす、実用化の目途。
━━ 富士山クラブとの協業事業「富士山環境ゴミマップ」で使われた、m@GPSも御社が開発された技術ですね。
━━ 実用化された後の問題点は 中津川 まずシステム側の問題は操作するのがなかなか面倒で、価格が高いということでしょうか。さらに対行政との問題では、ゴミの処理を誰がするのか、という問題にぶつかりました。例えば不法投棄のゴミを発見し、位置を特定し行政に知らせると、そのゴミが地元のゴミなら問題は起こりません。しかし明らかに他県のゴミですと、自治体は「なぜよそ様が捨てたゴミを我々の税金で処分するのか」となり、結局誰も片付けないことになります。しかし最近は、行政側の理解も高まって「静岡県に落ちているゴミは、どこから来たかはともかく、静岡で片付けよう」という機運になりつつあります。また使い勝手については操作を簡単にし、価格を下げる努力をしています。 ━━ ところで社長と富士山の出会いはなにがきっかけだったんでしょうか。
中津川 きっかけは下田(博次・群馬大学教授・富士山クラブ理事)さんなんです。下田さんがある席で「ニューヨークでね」と話し始められた。
ニューヨークのある移民がアメリカン・ドリームではないですが手がけた事業も順調に成長し、多少の蓄えも出来た。
恩返しに、いまアメリカのために何が出来るかと考えたとき、自由の女神が頭に浮かんだ。
社長の一言「うるさい」からはじまる、全社あげての富士への思い。
━━ 社長の思いを全社的なものにするのは大変だったのでは。 中津川 おっしゃるとおりです。最初は大半が「なんで富士山なんだ」と、さんざん言われました。 ━━ それをどう説得されたのですか。
中津川 一言です。「うるさい」と(笑い)。社員を前に「君たちは例えばベトナムやイラクなど国際貢献が大事だというが、どこを選んでも、他からは『なんでそこなんだと』いわれるよ。だったら社長として私が富士山を選んだんだから、富士山でいいじゃないか。君たちも日本の象徴である富士山をきれいにしたいと思わないのか?」と、飲み会などの非公式の会合で社員一人ひとりを説得しました。それで役員、部長クラスは『社長がそこまで言うのなら』という雰囲気になってきましたが、最後まで抵抗したのは社員レベル。そこでまた「うるさい」(笑い)。でも人間というのは不思議なもので、いざ全社挙げて「富士山をきれいにする」となると、最初反対していた人たちも、だんだん自分もやってみたくなる。私も率先垂範。最初の清掃登山に女房をつれて参加しました。 最初の清掃登山は40人ぐらいの社員が参加したと思います。それから清掃登山が会社の年中行事になりました。昨年を例にとると、富士山関連の活動は3回行っています。5月は新社員だけでの清掃活動。実はわが社の新入社員は、これまた社長命令で有無を言わさず「富士山に行け」とゴミ拾いに行かせます。まず富士山クラブで舟津理事の話しを聞いた後、青木が原を清掃し、付近のゴミ処理施設を見学して帰ってきます。 後は社員の子供も参加できるようにと夏休みに1回。これが大体130人程度参加しますかね。バス3台ないし4台連ねて清掃活動を行い、さらにこれと同じ規模で秋も行います。ですから年間3回で、延べにして300〜350人程度の社員が毎年、富士山でゴミを拾っていますね。 ━━ ところで最近、世界文化遺産への指定など、なにかと富士山が話題になりますが、富士山の現状をどうお考えになりますか。 中津川 富士山クラブの活動などもあり、昔に比べればかなりよくなってきたのではないでしょうか。特に富士山クラブが山頂に設置したバイオトイレは、その後、富士山の全山小屋、さらには他の山などでも採用され、環境美化の象徴にもなるほどです。 しかしゴミは、捨てる人の気持ちが変わらないとなかなか難しい。その意味である時うれしい体験をしました。我々がゴミを拾っているところに通りかかったハイカー数人が「何をなさっているんですか」と質問されました。「ゴミを拾っています」と答えたら、「ご苦労様です」といい、立ち去った。しかし少し離れたところで、そのハイカー達が話している声が聞こえてきました。「連中が、なんでゴミを拾っているかしらないけど、彼らがお掃除しているなら、我々もこんなところにうっかりゴミを捨てられないよな」と言ってくれたんです。あれは正直「やっててよかったな」と思いましたね。こういう輪がどんどん広がっていけば、ゴミを捨てる人が少なくなるいのではないか、と期待しています。 今のゴミを拾うことも大事ですが、もっと深刻なのは20年前、30年前に捨てられたゴミなのでは。缶が落ちているから、ひょいと拾い上げるとその下には、取っても取っても取り切れないほどのゴミが埋まっていることが多い。特に腹が立つのは捨てたゴミの上に土をかぶせていく。だからパッと見ただけでは分からない。現在のゴミはようやくなくなりつつありますが、過去の「負の遺産」が少しずつ表に出はじめたわけで、これが無くなれば本当の意味で富士山はきれいになった、といえるのではないでしょうか。
━━ 長く富士山クラブの理事をお勤めですが、今後の富士山クラブの展望、思いなどをお聞かせください。
中津川 富士山クラブは年間予算で5000万円前後と、日本でも大きいほうのNPOです。その意味から私は個人的には日本のNPOの模範となるような組織を目指してきたつもりです。これからももっともっと志の高いNPOになるよう努力して、皆が「富士山クラブのようになりたいな」といわれるほどにならなければならないと思っています。 さらに外に対して影響力を待たなければ意味がないと思います。そのためには会員数を1万人とか10万人にして存在感のあるNPOにしたいのです。例えばアメリカのサンフランシスコにはNPOの大学や、NPOの病院があります。そんな大規模なNPOが存在するのです。日本でも我々がもっと会員数を多くしてその会員のお金を集めて、学校を作るとか、病院を作るとか、社会に役立つためになにかする、そういうところまでいきたいですね。そのためには1000人ちょっとでは、なんとも少ないですよね。 また会員になるメリットを形にできればもっと会員が増えるのではないでしょうか。最近は、どこかの大きな会員組織とリンクして、お互いメリットを交換できないかと考えています。具体的には例えばあるアウトドア商品の専門店は10万人の会員を擁し、それがどんどん増えている。それは商品が安くなる。イベントにも優先的に参加できるなどメリットがあるからです。そういうところと富士山クラブがリンクして会員同士の交流や特典の交換などが出来れば、もっともっと会員の輪が広がるのではないでしょうか。それを夢見てがんばります。 |
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