十年の歩み

十年の歩み

活動の第一期 1998年~2004年

――光と陰をテーマにバイオトイレを設置し、エコツアー活動も――

十年の歩み 第一期

1998年、市民によって設立された富士山クラブの初期の活動は、美しい景観と豊かな自然を育む富士山が、同時に多くの環境問題を抱え病んでいる実態を、一人でも多くの市民に知ってもらう取り組みでした。「光と陰」をテーマに活動を開始し、その第一が、富士山の閉山とともに毎年繰り返されていた山小屋のトイレのし尿の垂れ流し問題への取り組みでした。山頂にバイオトイレを設置し、その突破口とするとともに、各地でシンポジウムを開き、実態を報告することから始まりました。バイオトイレ設置では多くの困難にぶつかりました。しかし、市民や企業の協力に支えられたトイレの設置は、大きな成果と反響を得て、山小屋のトイレ問題を解決することにつながりました。

一方、富士山の豊かな自然を守り、体験する活動として、台風被害にあった静岡県西臼塚の植樹・育林を行いました。また、山梨県足和田村に「もりの学校」を開設し、青木が原樹海を体験するエコツアーを始めました。これらの活動は、富士山クラブの活動の基礎となり、市民による富士山の環境問題への取り組みとして、地域を始め行政、企業に影響を与える結果となりました。

第一期の活動年表をご覧ください。

活動の第二期 2005年~2008年

――エコツアーを中止し、清掃活動に取り組む――

十年の歩み 第二期

青木が原樹海利用のガイドライン施行で富士山クラブの活動に大きく影響を与えたのが、修学旅行生向け「青木が原樹海エコツアー」でした。ピーク時、年間2万人以上を受け入れ、一回のツアー参加者が300人を超えることもあるこのエコツアーは、自然に大きな負荷をかける結果となっていましたが、同時に富士山クラブの重要な収入源でもありました。議論の末、このエコツアーを中止し、新たな活動に取り組むことにしました。それが清掃活動でした。それと同時に、活動の姿勢を明確にするために、「富士山宣言」を打ち出しました。

当初は清掃活動が認知されず、苦戦がつづきました。しかし、地道な活動を続けていった結果、市民や企業のボランティア活動としてしっかりと定着していき、年間6千人以上が参加する活動までになったのです。そして、2007年「富士山大好き!百人の会」の発足を機に、富士山クラブの活動は全国へと広がりを見せます。ふるさと清掃運動会実行委員会のもと、全国の市民、企業、学校、NPOなどおよそ3万3000人が参加し、山や街などを清掃する「ふるさと清掃運動会」の活動につながりました。

第二期の活動年表をご覧ください。

活動の第三期 2009年~

――環境づくり、森づくり、人づくりで新たな活動へ――

十年の歩み 第三期

富士山クラブは、設立から10年の活動を経て、次の10年に向けた活動への取り組みを始めています。多くのボランティアの協力のもと行われている環境保全活動、豊かな生態系をもつ森の調査や育林、次の世代を担う子どもたちへの環境教育、活動を繋げるネットワークづくり、活動を広める広報活動、富士山クラブは幅広い活動を展開すべく、歩み始めています。

最終更新日  2010年3月31日